長男が小学生だった頃「今度の誕生日には“マザー2”が欲しい」と言ってきた。両親の答えはNo!だった。
「だって、お前は、まだ“マザー1”をやっていないじゃないか」
当時すでに“マザー”は絶版ゲームで、カミさんと私は手当たり次第、中古ゲームソフトを扱う店を訪ねてソフトと攻略本を手に入れた。そして、しばらく後、マザーをクリアした息子はマザー2にとりかかることができたのだった。
一時期、「ゲーム脳」という言葉が世間を騒がせた。大喜びしたのは、すっかり「ニュース脳」にやられている親たちだったに違いない。
我が家はマンガとゲームで子育てしてきたので「ゲーム脳」のおおよその正体を知るまでは心穏やかではなかったが、恐れるに足るものではないと判断し一件落着した。後述するが「ニュース脳」のほうがはるかに怖い。
子どもたちが小学校に入る頃から、我が家のテレビはアンテナ線に接続されていなかった。テレビはビデオゲーム(日本ではテレビゲーム)専用だったのである。ゲームをやってもよい時間は平日と休日で異なる時間が与えられていて、兄妹3人が時間をシェアしあいながら、結局親も一緒に画面を眺めてゲームを楽しんだ。テレビ番組が見られないという贅沢な環境でこそ実現できた家族団欒だった。ゲームには、我が家独特な条件があった。どのゲームも、最初に開発されたバージョンから順に行なうというルールである。だから、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーがどのように進化して行ったのかを順次体験することができた。プラットフォームの進歩がそのままゲームの面白さにつながるとは限らないこと。そのゲームがオリジナリティにあふれるものなのか、それとも単なる亜流であるのか、家族の誰もがすぐに判断できるくらいの嗅覚が身についた。
そのうち、子どもたちは自分でゲームを作り始めた。私もやらせてもらったが、亜流を脱するのは芸術絵画や芸術音楽と同じくらい大変な世界であることを直感した。
ロールプレイングと呼ばれるジャンルでは、冒険に出かけるパーティーのメンバーには家族の名前がつき、みんなで応援した。シューティングゲームなら点数を競い、カーレースでは、4人が同時にコントローラーを握った。“落ちもの”と言われるゲームではカミさんが子どもたちを全く寄せつけず圧勝し、「落ちものクィーン」の称号を得た。
実は、子どもたちにゲームをやらせるにあたって、カミさんは大反対で「あたしの目が黒いうちには絶対やらせないわよ!」と仁王立ちになって家族全員を睨んでいたのだった。
それを説得したのはゲーム自体だった。現代では優れた才能がゲームとアニメーションに集結していることを理解したのだ。
「どうぶつの森」というジャンル不明、目的不明のゲームには家族そろってハマった。パラレルワールド(平行世界)をもじって“ひらゆき村”を作り、家族全員で村づくりに励んだ。
子どもたちの誰ともなく「天国ってこういうところかなあ。死んだら“ひらゆき村”で暮らしたいね」と言った。家族全員が黙ったまま強く強く同意した。この瞬間、家族で世界観を共有したのだった。
このように書くと我が家でがゲームばかりしていたように思われてしまうかも知れないが、ゲームの制限時間は短く、ボスキャラと戦うのは休日でなければ無理なくらいだった。子どもたちは週末は早く布団に入り、翌日のボス戦に備えるのが常だった。
ゲームの時間が終わると、アンテナ線につながれていないテレビはただの箱になってしまう。子どもたちはヒマを持て余して家事の手伝いにいそしんだ。おかげで、誰もが炊事・洗濯・掃除の技術は早くから一人前になった。それでも時間が余る。残りの時間は読書だった。毎週日曜日になると、図書館でたくさんの本を借りる習慣だった。その時の読書体験が役に立ったのか、子どもたちは今でも読書家である。おそらく私と、アウトドア派の次男坊がもっとも読書量が少ないのではないか。
カミさんや子どもたちから今でも次々に「面白かった本」というのを薦められるのだが、とても読み切れない。カミさんはそれらを全部読んでいるようだが、私は年間100冊を超えることは不可能だ(そんなに読みたくない!)。
昨年(2007年)、エンターブレインから「ゲームばっかりしてなさい」というゲームで子育てをしたゲームクリエイターの浜村弘一(はまむら・ひろかず)さんの本が出て、家族みんなでワクワクしながら読んだ。
その正体も知らずにゲームを嫌悪し、敵意に満ちた目で睨みつける親の監視下で、孤独にゲームを続ける子どもたちのことを思うととても気の毒に思えてならない。ゲームも玉石混交だから、子どもが小さい時には道標(みちしるべ)となってゲームを選んで与えるくらいのことがあってもよいのではないか。我が家でも、もし親がゲームに嫌悪感だけがあって、そのくせ無関心であったならば、子どもたちはゲームをする罪悪感とともに、ゲームのクォリティにも無頓着で単なる暇つぶしをしていたかも知れない。
最後につけ加えなければならないのが「ニュース脳」問題である。ニュース報道をそのまま無批判に受け入れてしまう状態を指すのだが、これは我が家ではもっとも問題視されることなのだ。
1994年に発生した松本サリン事件の際、第一通報者である河野義行さんが犯人として報道された。その時伝えられた証拠は、私の記憶では「河野宅の納屋に農薬があり、専門家によると専門知識があれば、農薬を原料にサリンは合成可能」という根拠の乏しいものだった。あの報道を聞いて違和感を感じた人は少なくなかったことだろう。しかし、そのニュースを鵜呑みにした人もまた少なからずいたはずである。そういうことを起こさせるのが「ニュース脳」である。後に、河野さんがテレビ出演する機会が増えて彼が素晴らしい人格者であることを日本中が知ることになる。「ニュース脳」は、こういう人をいともたやすく犯罪者に仕立て上げてしまうのだ。
同様な例は「和歌山毒物入りカレー事件」でも起こった。第一報は食中毒事件だったが、その後すぐに「青酸中毒」と訂正された。食中毒にしては急性すぎるし、青酸中毒にしては発症が遅すぎるので、きっと多くの人がその発表にも違和感を抱いたことだろう。後に、中学生がそれを指摘したとして話題になったが、私は日本全体では相当数の人が気づいていたのではないかと考えている。
「ニュース脳」はゲームを根拠なく嫌悪するのと逆の働きもする。たとえば健康食品を宣伝文句どおりに盲目的に信じてしまったり「◎◎高校、あるいは××大学に入れなかったら人生おしまいだ」というような考えに陥ったりする。みなさんは「ゲーム脳」と「ニュース脳」のどちらが問題だと思われるだろうか。
今回はマンガについて書かなかったが、マンガも優れた才能が集う分野である。黎明期の源流から読み解いていかないと、亜流を区別できない可能性が生じるので子どもたちには指針が必要だ。音楽や美術と全く同じである。
野村茎一作曲工房